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赦してほしい

「赦す」と「許す」はどう違うのだろう。

なんとなく、「許す」のほうは悪いことをして、謝って、責めるのをやめてもらう、というイメージ。 「赦す」のほうは、それら一連の動作がぼやけている。悪いことと自覚しないままの身勝手、わがまま、甘えを、謝ることもなく(または気付くこともないまま)受け入れてもらう。

「赦す」には言葉にされないコミュニケーションがある。甘えられる信頼と受け入れる優しさがある…

なんて書く時間があればGoogle検索で意味の違いを調べることもできたけど、それをしない自分でも赦されたい。 なんでも卒なくこなせるカッコいい大人より、できなくても赦される大人に憧れる。

芸能人が中身のない数行のブログ書いて200コメント付いたりする、ああいうの。 将棋の名人が見た目に無頓着でどこか挙動不審だったりする、ああいうの。 バンドマンが夢を語ればクズでも稼ぎがなくてもヒモになれる、ああいうの。

小説家の朝井リョウが「ファッションとかわからないんで、とりあえずいつも人に勧められたフレッドペリーの服着てます」とか、そういうの。 銀杏BOYZ峯田和伸がインタビューで「この数年の世間の変化とかどう思いますか」と聞かれて答えた「世間の変化とか全然わかんない。自分の周りだけ。○年前彼女と別れた、ぐらいかな」とか、そういうの。

うん。

言いたいことは以上なんだけど、 こんなブログでも赦してくれるかな。