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バケツプリンを食べたことにどれほどの意味があるのだろうか

森絵都『永遠の出口』を読んで。 

永遠の出口 (集英社文庫(日本))

永遠の出口 (集英社文庫(日本))

 
 
 

「今から就職したときのことなんて心配してたら老後にゃ死後のことばかり心配するようになっちまうよ」

当時僕の周りでSNSといえばそれはTwitterFacebookではなく、mixiのことだった。大学生になり、周囲の行動は留学やイベントなど社会的な雰囲気を帯び、「将来どうするか」なんて話題も増えてきた。そして、その 「将来どうするか」は高校までのそれとは違っていた。

冒頭の言葉は、そんな大学2年生の頃の僕の"マイミク"の言葉だ。

僕は他の社会的な学生のように将来に向き合う気になれず、その言葉に甚く感動した覚えがある。

 

感動したついでに留年した僕は家庭教師のアルバイトをしていた。
生徒はいつも「勉強したくない」「学校の奴らがウザい」と愚痴を吐いていた。「勉強よりプログラミングしよう。ウザい奴らは無視すればいいしもうじき会わなくなるんだから気にすんな」……と思ったが言わなかった。生徒にとっては今が永遠だ。卒業後の生活も将来の成功も関係ない。
「学校は弱肉強食だ。負けたくないならぶん殴ってでも反抗しなければならない。それができないなら潔く負けを認めろ」と教えた。

僕が中学に入学した頃、歯の矯正をしようと親に言われた。たった1年矯正すれば、その先一生の歯並びが良くなる。しかし、当時はその1年間矯正器具をつけている事がどうしても嫌で断固として矯正を受け入れなかった。おかげで僕は今でも前歯が少し空きっ歯だ。
もし自分の子供が同じ事を言ったらバカだと思うだろう。
未来を悩むのはくだらないし、過去の悩みはちっぽけになる。今が永遠だーー

しかし、今の悩みは壮大だと思っても、数年経てばその悩みは陳腐化する。必死に悩んだことが陳腐になるのは悔しいけれど、その悔しささえすぐに陳腐になっていく。その悔しさも陳腐化するなんて寂しいけれど、その寂しさも同様だ。

すべての悩みや感情は風化し、人は皆死に、人類は滅び、地球さえも消滅する。
思考は洗練され、雑念はかき消され、ほんとうに大切な気持ちだけが胸に残る。

モテたい。